2021年11月法話『流通(りゅうつう)と流通(るずう)』

2021年10月27日

画.阿 貴志子

流通(りゅうつう)と流通(るずう)

 

 人間が生活するには物々交換をしなければならなかった。原始時代のことである。貨幣が考案されてから、広範囲に物を求めることができるようになった。物が流通(りゅうつう)するためには、馬の力、船の力、鉄道や飛行機の力が必要になった。現代ではIT化が進んだため情報まで世界を駆け巡るようになった。しかも、コロナ菌まで世界中に広がったのだから、流通もいいようなわるいような時代である。

 さて、この流通(りゅうつう)だが、仏教では(るずう)と読む。

 流通(るずう)とは、どういう意味か。

 東晋の釈道安(312-385)は、経典を解釈したり註釈するのに三通りに分ける方法を編み出した。これを三分科経という。序分(じょぶん)、正宗分(しょうじゅうぶん)、流通分(るずうぶん)の三つである。

 序分とは、経典が説かれる由来、因縁を述べる部分。

 正宗分とは、経典の中心となる教義を説く部分。

 流通分とは、教えを後世に伝え広める方法を述べ、さらに法を弟子に授けたことを述べる部分である。

 経典は、どのような理由があって説かれたのか。そして、説かれた真実の教えとは何か。その真実なる教えは正しく広く後の世まで伝えねばならない。釈道安は、そんな思いがあって〝三分科経〟を編み出したのだろう。

 

  あいらけく 後の仏の御世までも

     光りつたえよ  法のともし火

 

 この伝教大師の歌は、道安流に言えば、流通分(るずうぶん)だ。流通分を大切にしなければ、教えは伝わらない。

                               (阿 純孝)



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